木と建築への旅〜高橋正勝のブログ

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zoom RSS マルタ共和国

<<   作成日時 : 2017/03/22 23:55   >>

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旅の最初の目的地であるマルタ共和国には、アリタリア航空を利用し成田空港を昼に飛び立った。

エアマルタ搭乗の為、当日便の乗り継ぎが無く、通称レオナルド・ダ・ビンチ空港近くのヒルトンホテルに一泊し翌日の飛行機でマルタ共和国へ向かう事にした。いよいよエアマルタに搭乗し、約1時間半程のフライトでマルタ共和国へ着陸の予定である!

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人口約41万人、東京23区の半分の面積のシチリア島の南に位置するマルタ共和国は欧州各国からの直行便が多く、一年を通して人気が高い。中型のエアバス機内は家族連れやカップル等で満席状態だったが、目指す日本人は我々だけだった。

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1989年12月、東西冷戦時代のソビエト連邦のミハエル・ゴルバチョフ書記長とアメリカ合衆国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領の会談が行われた歴史的な舞台でも知られているマルタ共和国には先史時代に築かれた巨石神殿や世界遺産がある。

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イギリス統治時代の英空軍・ルア基地として使用されていたマルタ国際空港はマルタにある唯一の国際空港である。20世紀半ばに旅客ターミナルが建設され、英空軍と併用されていたが1979年に英空軍が完全撤退し、拡張され供用されて来た。

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拡張され供用されて来た旅客ターミナルも増え続ける航空需要に対応する為、1992年に現在の旅客ターミナルが新たなマルタ国際空港(正式名称:ルア空港)として供用される事となった。就航航空会社は季節運航会社を含めて30社程である。

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 マルタ騎士団で知られるマルタ共和国は新石器時代より人が住んでいたと言われ、多くの神殿や巨石文明の跡が残る歴史ある島であり、島内には三つの世界遺産が登録されている。紀元前1000年頃、フェニキア人に支配されて以来、支配され続けた歴史も1530年に当時の聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)の所領により安泰となるかと思われたが、オスマン帝国からの攻撃(マルタ包囲戦)、ナポレオンによる占領を経てイギリスの支配下となる。第二次世界大戦中にはイギリス海軍の拠点として連合国側の輸送路として存在感を示すが、逆に枢軸国側より空爆(第二次マルタ包囲戦)を受ける事になるが、陥落する事はなかった。     
 1964年にイギリス連邦王国マルタ国としてイギリスより独立、10年後の1974年にはイギリス連邦内のマルタ共和国となり、2004年には欧州連合へも加盟している。小型犬のマルチーズはマルタ共和国が発祥の地である。

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