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zoom RSS 「洗礼者ヨハネの斬首」と「執筆する聖ヒエロニムス」〜カラヴァッジョ作品

<<   作成日時 : 2017/05/01 23:55  

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カラヴァッジョ絵画の最高傑作と言われる「洗礼者ヨハネの斬首」である。

大きさが「361cmx520cm」とカラヴァッジョ作品の中でも最大のこの絵画は、1608年マルタ騎士団の依頼により祭壇画として画かれ、400年の歳月を越えた現在でも、同じ場所で見る事が出来る稀有な存在である。展示室は撮影禁止となっており、聖堂内のブックショップで購入したポストカードより転写した「Oratory(祈祷所)」に設置されている「洗礼者ヨハネの斬首」である。
 「洗礼者ヨハネ」とは神の子「イエス・キリストに洗礼を授けた」聖人であり、「イエス・キリストに→イエス・キリストが」に変わると「使徒ヨハネ」と別人なってしまう。宗教的な意味合いには奥深い物がある。

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旧約聖書の最後の預言者でもある「洗礼者ヨハネ」が斬首された場面を描いた作品である。時の領主・ヘロデ王に謂れの無い罪(妻の逆恨み)?で囚われ、娘サロメ(母親の希望する事)がご褒美として「洗礼者ヨハネの首」を求めた為、薄暗い牢獄の中庭で静かに処刑が執行された場面である。

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場面左手から、首を受ける盆を差し出すサロメ、両手で顔を押さえ残酷さに悲観する老婆、処刑の段取りを指示する看守、息が途絶えて倒れいる「洗礼者ヨハネ」にのしかかり、一太刀で切れなかった洗礼者の首に小刀を抜こうとしている処刑人を右手鉄格子の中から二人の囚人が注視している。

「洗礼者ヨハネの斬首」をポピュラーな主題として画かれた作品は中世から近代まで多数あるが、首を切り離そうとする場面は例の無い作品である。カラヴァッジョ研究の第一人者である神戸大学の宮下規久朗教授によれば「洗礼者ヨハネは騎士団の守護聖人であり、この場面では異教徒と戦って殉教した騎士達を暗示すると思われる」、また「ヨハネから流れる血で「F MichelAngelo」とカラヴァッジョが自らの名前を記したのは、「F=Fra」で騎士団員である事を示し、騎士団に入会したことの証しがヨハネの血で書かれているのは、この画面における血が騎士の血にほかならないからである 」と著書で述べている。

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さて、もう一つの作品は正面の「洗礼者ヨハネの斬首」を振り返ると見る事が出来る「執筆する聖ヒエロニムス」である。騎士団ナポリ支団長のイッポリート・マラスピーナの為に描かれた人物画で画面右下に彼の紋章を見る事が出来る。しかし学者聖人のモデルは騎士団長ヴャニャクールだと言われている。ボルゲーゼ美術館に展示されている同じ主題作品と比較すると画面構成のバランスが良く、より安定感があると思う。

「洗礼者ヨハネの斬首」が画かれた1608年は日本では慶長13年である。1598年(慶長3年)に豊臣秀吉が病死し、徳川家康が1603年(慶長8年)に征夷大将軍となり江戸幕府を開府してから5年後である。「応仁の乱(1467年)」と「明応の政変(1493年)」が始まりとされる戦国時代も下剋上で豊臣秀吉が天下を統一、秀吉死後の「関が原の戦い(1600年)」で徳川家康が台頭し、大坂夏の陣で豊臣秀頼を討ち取り、戦国時代の終焉を迎えて徳川幕府による統治の長い歴史が始まる。宇宙から見る綺麗な地球も、内部の地上では時代を超えて争い事が絶えないのは今昔も同じ様である。

参考文献「カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン」「カラヴァッジョ巡礼」「闇の美術史」以上宮下規久朗、「芸術新潮2001 10月号」等

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