木と建築への旅〜高橋正勝のブログ

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zoom RSS 聴竹居と今の時代〜藤井厚二の建築

<<   作成日時 : 2018/10/10 23:55  

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今から30年前、奇しくも環境共生住宅の先駆けとされる「聴竹居」を設計した建築家・藤井厚二生誕100年にあたる1988年にアメリカ上院議会で地球温暖化問題に関する重要な証言がされていた。

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アメリカ合衆国国内で奴隷制度を巡り南北戦争(1861年〜1865年)が勃発していた1860年代には、イギリスの物理学者ジョン・ティンダル(John Tyndall)が熱を意味する赤外線放射を測定する方法を確立していた。確立した測定方法を利用し二酸化炭素の様な気体が熱を吸収して温室効果ガスになる事を発見、この事が原因となり地球の表面を温める「布団」の様に作用している事を分かり易く示していたが、極少数の科学者達にしか理解されず、当時の時代背景から重要な科学知識が一般に広く認知される事は無かった。

18世紀半ばイギリスで産業革命が興ると、人間活動による化石燃料の使用や森林の減少等が相まって、20世紀半ば以降地球規模の気温の上昇が地球温暖化として問題化してきた。その度に根拠の無い地球氷河期説、地球環境問題、公害問題等が様々な地域で分散化された環境の問題として扱われ一般に認知される事になった。地球温暖化問題は1988年6月23日、アメリカ上院エネルギー委員会公聴会でNASAゴダード宇宙研究所所長のジェイムズ・ハンセン(James Hansen)の証言が契機となり大きな展開を迎える。

ジェイムズ・ハンセンの証言は「地球温暖化による猛暑説」として報道されると「ニューズウィーク」誌等の雑誌やTV放送等を通して一般に広がりを見せ、報道後の8月には世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が共同で「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」を設立している。1992年6月に「環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)」がリオ・デジャネイロで開催され「気候変動枠組条約締約国会議(COP)」の開催規定を取り込み、その後COP3の「京都議定書」、COP21の「パリ協定」と締約国で合意されている。

2016年度の日本国内温室効果ガス排出量は約13億700万トン、内訳は二酸化炭素排出量は約12億600万トンである。ガス使用(暖房・給湯・調理等)、電気使用(暖冷房・家電製品等)、自動車等の家庭部門からの排出量を含めて住宅・建築物に係る二酸化炭素排出量が全体の3割以上を占めており、この分野の低炭素化への取組み強化が求められている。建築分野でも木造建築の建設や木材の利用等で地球環境に優しい社会貢献が出来ると考えられ、科学的な根拠に基いた二酸化炭素削減の効果が注目されている。

「日本の住宅」の理想形の「聴竹居」が完成した1928年から比較できない程、今の「日本の住宅」は変化している。「現在の住宅」は二酸化炭素を大量に排出する材料(鉄・アルミ・ガラス・コンクリート・石油製品等)や設備機器等の工業化された製品が中心で出来ており、日常生活では給湯・冷暖房・調理の熱源・電気製品の使用・自家用車の利用等により二酸化炭素排出量の約2割が排出されている現状がある。住まい方や住文化を再考し、削減の方策のヒントがないか?そんな事を思いながら、「聴竹居」の内部を見てみたい。

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内開きの玄関扉を開き土間から板の間に上がり振り返ると、玄関の板の間は粗い縦格子と四半円形の木製スクリーンが結界となり二つの場に仕切られている。広い板の間から居室と客間へは其々の建具で繋がり、来訪者を直接客間へ通す事で家族との動線を明確に分けている。

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「一屋一室」の中心である居室から縁側を見れば、見学当日の曇り空を差引いても、竣工当時から変わらぬ照明器具は今の住宅と比較すれば薄暗い。しかし、薄暗い事でより縁側の三方向(東・南・西)に開放された透明ガラス窓から見える四季折々の景色がより一層効果的である。

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居室から客室方向を見ると玄関板の間から客室へ続く床材の張方向は同一である。客室に設けられた大小二つの床の間は椅子式からの目線と入室した時の目線を考慮した高さで造られ、二枚の障子が右側に引込まれると意匠の施されたガラス引違戸から庭への視界が開ける。

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客室から居室を通して読書室方向を見れば床が東西方向に張られており、客室の両引分戸が無くても結界としての領域を示している。客室の両引分戸と読書室の引違戸の上部に設けられた欄間は弧を描く桐板と障子の綺麗な組合せで出来ており、換気用の装置となる役割もある。

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縁側から庭方向を見ると視線から軒先が見えない様に上部の「すりガラス」で隠し、下部は「透明ガラス」を床から600mm〜1700mmの間に嵌め込み、四季折々の景色を切り取る額縁としている。窓下の網戸と格子付の地窓(両引分けガラス戸)は空気を取り込む装置になっている。

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縁側東側の「透明ガラス」のラインがコーナーを通して南側へ連続している。東側の引違窓下にも南側と同様に地窓が設置され、嵌め殺しのガラスが突き合わさるコーナー部分は視線を遮らない秀逸なディテールで納めれている。片隅に置かれた丸い陶器は「青海波(暖房器具)」である。

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縁側西側のコーナーは東側と同じ納まりであるが、上下「すりガラス」で挟み込まれた「透明ガラス」の引違戸は扉以外では唯一の出入りが出来る開口部である。大切な来訪者との懇談も終え、客室からパノラマ開口の縁側を通り庭を案内しながら茶を嗜む茶室へ向かう動線も考えられる。

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縁側から読書室、居室、客室方向を見る。読書室は子供二人と藤井の三人分の机・収納が造り付け家具として設置されおり、優しい光を通す障子を開けば庭の景色を見る事が出来る。居室側建具を全て開いておけば「一屋一室」空間となり読書室から居室を通して客間・床の間が見える。

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縁側から居室、食事室方向を見る。食事室はコーナー柱に四半円のアーチが二方向に架かり、手摺と出入の空間が設けられている。正面壁上部の引分け戸の中には神棚があり、真下にはマッキントッシュ風の四角い時計、時計下左のラインを揃えて引出し付き飾り棚が納められている。

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食事室から四半円と通して居室・縁側・読書室方向を見る。各室其々の上部に障子の欄間が設けられ各室の建具が閉められていても欄間を開閉することで空気を循環させる事が可能である。引違戸・片引戸・襖・障子・欄間は「日本の住宅」の理想を求める為の欠かせない要素なのである。

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食事室は床張り方向と150mmの段差を付ける事で特別な場として保たれている。コーナー開口部(透明ガラス引違戸と片引込障子)に合わせる様に腰壁の板張り、造り付けベンチ、造り付け台、その上部に季節の花を飾る花籠が吊るされており、其々の場所に拘りを持って設けられている。

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家族にとって特別な場と考えられた食事室の窓の高さは他の窓より床段差150mmと敷居高さ50mmを合わせた200mm程高く設定し、外部からの視線を避ける様に設置されている。床の高さと床張方向を変えて結界を示した食事室は家族だけの特別な団欒の場として考えられていた。

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調理室側の造付け戸棚は奥行きの異なる下部収納と上部引違戸と片開戸・引出の収納に挟まれた二段の開口部を設けたハッチタイプの食器棚である。四半円の手摺高さと同じレベルに揃えた食器棚の天板には開口部として引違戸があり、配膳台から続く給仕用の取出し口となっている。

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造付け家具の扉と天井は白ペンキ、壁は白漆喰、水廻りの壁は白タイルで仕上げる事により、調理室の白い空間は引違ガラス窓から入る光が清潔感を出し暗くなりがちな場所をより一層明るく見せている。食事の給仕用作業が円滑に進む様に熟慮された配膳台を中心とする動線が見える。

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藤井が対峙した「聴竹居」に設置されているドア・ガラス引違戸・障子等の建具、客間の床の間廻り、造り付け家具、椅子・テーブルの家具類、備付けの調度品等はひとつひとつに創意工夫の意味があり、緻密で造形的な意匠に基づき室内空間のデザインの一部として繊細に納められている。

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1920年から藤井が教鞭に就いた京都帝国大学では、同じ1888年生まれで東京帝国大学哲学科を卒業し、大学院退学後から約八年に及ぶ欧州留学を終えて帰国した九鬼周造が1929年から1941年の逝去まで文学部哲学科で西洋哲学の教鞭に就いている。長い渡欧留学で養われた鋭い洞察力は「二元性」という特徴を持つ九鬼哲学を育み、日本の遊里の美意識に対し明晰な西洋的分析を行い、1930年に「『いき』の構造」を著している。藤井の「聴竹居」の造形的な意匠の繊細さに「いき」を感じざるにいられない。

古くから日本の住宅は和室が連続し、間仕切りは障子や襖で仕切る私的空間の無い住宅が大多数を占めていた。明治維新以降近代化が住宅でも進み欧米の住宅を参考とした「接客本位」の中廊下型が普及、大正時代後半には「一家団欒」の居間中心型も洋風化の時流に乗り多少広がるが、広範な域に達する事は無かった。そんな時流の中で「聴竹居」はイス座かユカ座かでは無く、イス座の部屋とユカ座とイス座を混用する部屋を使い分ける独自の設計思想で起居様式を実践し「日本の住宅」の理想形を確立している。

客間は「欄間と両引分戸」、縁側は「欄間と障子引違戸」、読書室は「欄間と引違の襖」、三畳は「椅子目線に合わせ327mm高くした床」、食事室は「結界を示す為に150mm上られた床と四半円のアーチ」が「一屋一室」空間の居室を中心に配置されている。施された建具を閉じれば独立する客間・縁側・読書室も開けば一室空間となり、欄間は通気換気だけでなく独立性と連続性を維持する為の装置である。夏の暑さ対策として、「一屋一室」を基本に縁側や空気の換気通風を良くする引違戸や欄間等の設置を推奨している。

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1933年日本人の美意識や趣味の感性を著した谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」には藤井の考えと類似する点がある。関東大震災後、現在の神戸市東灘区に居を移し1928年に新築した「鎖欄閣」が、もし藤井に依頼があったならと残念でならない。「陰翳礼讃」の中で、西洋建築と日本建築の屋根と軒下の違いについて「帽子」と「傘」に例え、日本建築は「大地に一郭の日影を落とし、その薄暗い陰翳の中に家造りをする。」と述べ、それが気候風土や建築材料等に由来し、日本建築が陰翳の濃淡を利用して生まれていると言及している。

藤井が建築した第1回住宅から第5回住宅「聴竹居」までの経験を踏まえた5つの条件の中で「夏季の生活の快適性を第一に考慮すること」は、近年の日本の暑さを実感すれば意味深い言葉である。実験に基づき考案された技法・技術を含む「聴竹居」の「夏の対策」から室内調整の「設備」対象である建物の部位となる「平面/壁/屋根/床下/窓・開口部」に施された装置と工夫がもたらす狙いと効果は、今のパッシブデザインやバイオクリマティックデザインの手法や考え方と類似しており、藤井が探究した住宅思想の凄さがある。

戦後の日本社会は工業化へ邁進し化石燃料をエネルギーとする大量消費する時代へと向かう。「日本の住宅」の資材・材料や設備機器等も工業製品に変わり、特に室内環境はエネルギー消費の大きいエアコンの普及により機械設備で制御する人工的な環境の中で快適な生活が主流となり建物の造り方で環境を考える建築的な手法が蔑ろに去れて来た現実がある。1973年のオイルショック以降、エネルギー危機や地球環境や公害問題等が取り沙汰される様になり、1988年のジェイムズ・ハンセンの証言が大きな変革となる。

地球温暖化対策として日本では2013年に大幅な改正が行われ、2017年に施行された「建築物省エネ法」で規制措置(300u以上・義務)と誘導措置(任意)に分けられていた建築物が2020年度から規模に関わらず住宅・非住宅全ての建築物で義務化が検討されている。「屋根または天井」「外壁」「床」「開口部」「土間・基礎」の部位となる『外皮基準』と「暖房・冷房」「機械換気」「照明」「給湯」「家電」「再生可能エネルギー」等の設備による一次エネルギー消費量』の2点が告示で算出された基準値以下を求められる事になる。

「建築物省エネ法」が求める部位と「日本の住宅」の理想形として、90年前に完成した「聴竹居」で施された部位「平面/壁/屋根/床下/窓・開口部」に類似性が明らかである。「外皮性能基準」をクリアする為には、夏冬の日射の取り入れ方や採光等を含めた配置計画と平面計画を検討し、室内温度を安定させる為に屋根・外壁・天井裏・床下等を断熱材で覆い、開口部は断熱性能の高いペアガラスの木製や樹脂サッシを使用する建築的な手法は藤井が実験を重ね実践して来た住宅思想に対して時代が漸く追付いて来た感がある。

藤井は外気が変化しても室内の寒暑乾湿を安定させる為に換気・気流の必要性を説くも、機械的装置による未来も見据えていた。現在、日本の「建築物省エネ法」が求める住宅の基準は世界の先端レベルと比較しても低く、特に防火性能と価格的問題を含んだ木製サッシや樹脂サッシ等開口部の普及が大きな壁となっている。二酸化炭素削減を目指す住宅は個別空調は止め、一室空間を基本に室内温度を均一に保ち快適性を維持し再生可能な自然素材を活かし断熱性能の強化とエネルギー依存の少ない方向へと進むだろう。

日本はパリ協定の26%削減目標を達成する為に「業務(家庭以外の建物)」と「家庭」で40%の削減が必要とされている。「建築物省エネ新基準」は住宅建築で守るべき最低基準であり、ゼロエネルギーを目指す「ZEH」でさえドイツ基準より低く、今後更に厳しい基準が求められるだろう。二酸化炭素削減へ向け住宅に厳しい基準と規制が先行する世界の中で、誰もが建設できる「日本の住宅」の目指すべき位置がどこなのか?今までのエネルギー依存に慣れた過ぎた生活環境から脱却できるか?社会全体の問題として問われている。

重要文化財(建築物)の指定について文化審議会から審議・議決を経て文部科学大臣へ出された答申には「聴竹居は京都帝国大学であった藤井厚二が、日本の気候風土や起居様式に適合した理想的な住宅を追求して完成させた自邸である。機能主義の理念と数奇屋技法の融合、室内環境改善のための設備整備などの創意が実践されている。工学的理論に基づいたモダニズム住宅の先駆的存在として住宅史上、建築学上重要である。」と特筆すべきものとして平成29年5月19日に報道発表されている。

「其の国の建築を代表するものは住宅建築である」と提唱した藤井から二酸化炭素削減を目指す「日本の住宅」の理想形を未だに導き出せない私たちに対し「君たち何をしているんだい?」と言われそうである。

<参考文献:建築20世紀PART1新建築創刊65周年記念号 新建築社1991年/木材の住科学」木造建築を考える・有馬孝禮著 東京大学出版会2003年/「日本の住宅」という実験・小泉和子著 農文協2008年/環境と共生する「聴竹居」実測図集増補版・竹中工務店設計部編 彰国社2018年/「地球温暖化との闘い」すべては未来の子どもたちのため・ジェイムズ ハンセン著 日経BP社2012年>

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