蕗谷虹児記念館から~内井昭蔵の建築

「新発田市民文化会館・公民館(1980年竣工)」から「新発田市立図書館(1984年竣工)」と続きエリア三件目の作品となる「蕗谷虹児記念館」から内井昭蔵の建築と変貌を見てみたい。

内井の建築を考える上で、祖父・父共に建築家だった事は重要である。祖父・河合伊蔵は内井が産声を上げた神田ニコライ堂の司祭を務める傍ら日本ハリストス正教会の設計をしていた。国の重要文化財である「函館ハリストス正教会(1916年竣工)」は作品の一つであり、父・進が設計した自邸(1930年竣工)もモダンなライト的な住宅だった。宗教的な空間とライト的な空間で生まれ育った環境が建築の原点にある。

菊竹清訓建築設計事務所から独立して4年後の1971年に38歳の若さで日本建築学会賞作品賞を受賞した「桜台コートビレッジ(1970年竣工)」は当時のモダニズム建築の潮流に載った作品だったが、35年間の建築作品の変貌は「身延山久遠寺宝蔵(1976年竣工)」と「東京YMCA野辺山高原センター(1976年竣工)」の設計が、内井の内面に存在する建築と装飾の原点に立ち戻ろうとする契機となった作品であろう。

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独立当初は集合住宅や個人住宅でも鉄筋コンクリート造の打ち放しやフラットルーフの作品が多くを占めていたが、勾配のある屋根と外壁を全面タイル張りにした「東京YMCA野辺山高原センター」は建設地の自然環境と調和させる為に、風土的で、有機的で、人間的な建築に素材を選択し完成させている。建築雑誌「新建築1977年1月号」の表紙を飾った作品であり、1978年に第3回吉田五十八賞受賞作品である。

建築場所は市民文化会館に隣接した狭い場所である。内井昭蔵が「蕗谷虹児の叙情世界の具現化」の要求に対し、隣接する自身が設計した2棟の建築と同化するのではなく、其々の建築の自立性を確保し、調和が出来る形態として辿り着いた答えがロシア正教会だった。祖父が設計した函館ハリストス正教会の様な塔のある建築を設計したいと機会を待っていた内井にとってようやくチャンスが巡ってきたのである。

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内井の建築で最初となるビザンチン様式のドームを載せた塔である。ドームは小さな四つのドームに支えられた面取り四角形の平面の上に半球として載せられ、更に外側に装飾となるフライングバットレス(飛び梁)をドームに被せて陰影を付け、シンボル性を高めた塔にまとめられている。塔・ドーム下には床をトラバーチンで仕上げた円形のメモリアルホールがあり、蕗谷虹児の代表的な作品や遺物が展示されている。

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面取り短辺面に開けられたエントランスには両サイド半球形の銅板平葺きの円形屋根に挟まれて、銅板菱葺きの矩勾配で造られた切妻屋根が架かっている。上方両サイドには円形の嵌め殺し窓(4箇所)からメモリアルホールへ光が降り注ぎ、矩勾配の屋根と壁に設けられた菱形窓からエントランスホールへ光が取り込まれている。内井は「塔は蕗谷の人格と人生を、平屋部分は蕗谷の業績を示すもの」と述べている。

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塔・ドームを支える小ドームの軒先廻りの納まりである。切妻の屋根とは異なり平葺きされた銅板は軒先、軒裏、壁突出、磁器質ボーダータイルへと続く形態は、古代ギリシャ建築のオーダーであるイオニア式エンタブラチュアを連想させる軒先廻りの装飾である。内井の言う「装飾」は建築を掌り部位となる素材を生かすディテールであり、個々の建築に対するディテールを緻密に検討し表現する手段なのだろうか?

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隣接する市民文化会館・公民館の外壁と張り出したフラワーボックスである。コンクリート打ち放しに三角形に突出した三層となる目地を造り、目地は外周部に等間隔に施され外壁に陰影を与えている。フラワーボックスの裏側にも目地が等間隔に切られている。もし、壁や軒裏に目地や突出部分が無ければ、平滑な壁面や軒裏になり、陰影のない無表情な外観に見えるだろう。コンクリートに「装飾」を加えている。

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隣接する「鉄筋コンクリート打ち放し」と「全面タイル張り仕上げ」の外壁に対して「蕗谷虹児記念館」は鉄筋コンクリート打ち放しに一部磁器質タイルで仕上げることで調和を確保している。下部に直角三角形を突出した特注のボーダータイルを敢えて目透かしで貼る事により、外壁に陰影を落とし込み、建築に深みを与えている。外壁表面に創られた凹凸や開口部の奥深さは共に建築の表情を創る要素となっている。

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市民文化会館・公民館と繋がる渡り廊下は既存建築物に記念館を増築扱いとする為に設置されている。青空を挟むコンクリートの壁は同化する事無く、協調し建築として自立性が確保されている。多雨多湿の日本の気候風土を考えて壁の仕上げを試行錯誤して行く中で、1970年代後半から80年代前半にかけて壁面にタイルを貼った作品が増えて来る。以降、タイルは内井の建築には欠かせない壁を表現する材料となる。

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電柱と電線、看板等が邪魔をし、何処でも目にする様な街並みの中から見える「新発田市民文化会館・公民館」はフラットルーフのコンクリート打ち放し、「新発田市立図書館」は屋根を葺いた全面タイル貼り、中央の「蕗谷虹児記念館」は屋根を葺いたコンクリート打ち放しと一部タイル貼りの風景である。変貌の契機として挙げた作品の一つ「身延山久遠寺宝蔵」は1980年に第24回レイノルズ賞(AIA)を受賞している。

内井昭蔵は建築の流れが「無装飾・無彩色で、軽く・薄く」へ向い始めた時代でも素材を吟味し生かし地にしっかりと根を下ろした建築を創り続けていた。独自の建築感で93歳まで作品を創り続けた村野藤吾と並ぶ、類まれな建築家ではないかと思う。2002年8月3日早朝、日本建築学会・金沢大会へ出席する為、羽田空港で搭乗手続きを終え駐機場へ向かうバスの中で、搭乗機へ乗らず眠るように天に旅立ってしまった。

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