テーマ:風景

国道沿いの家

国道沿いに建つ住宅が完成した。 敷地は歩道を含めて30m程の国道1号線が北側に走り、交通量の多い場所である。また、建蔽率80%、容積率400%の地域であり、近隣では11階建てのマンションが建つ環境の中での2階建ての新築である。敷地ブロック内では西側に建つ6階建てのビルのみでエリア内では住宅が建ち並ぶ地域でもある。 クライアン…
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蕗谷虹児記念館から~内井昭蔵の建築

「新発田市民文化会館・公民館(1980年竣工)」から「新発田市立図書館(1984年竣工)」と続きエリア三件目の作品となる「蕗谷虹児記念館」から内井昭蔵の建築と変貌を見てみたい。 内井の建築を考える上で、祖父・父共に建築家だった事は重要である。祖父・河合伊蔵は内井が産声を上げた神田ニコライ堂の司祭を務める傍ら日本ハリストス正教会の設…
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ドバイ・ペルシャ湾の夜景~ドバイの旅

2016年6月5日付の「The National UAE」に掲載された記事に添付された写真である。ペルシャ湾からドバイを象徴する 「ブルジュ・アル・アラブ」と隣接する「ジュメイラ・ビーチ・ホテル」、そして後方にビルが林立する中に世界最高の高さを誇る「ブルジュ・ハリファ」が夜の暗闇に輝きを放つ綺麗なドバイの夜景である。 ドバイが撮影…
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ブルジュ・ハリファとハイパービルディング~ドバイの旅

ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル(トム・クルーズ主演)の撮影でも知られる「ブルジュ・ハリファ」は尖塔を含めた高さ828m(軒高636m(屋根の地上高さ))とフロア数206階を誇り、現在世界で最も高い超高層ビルである。 UAEのドバイに建つホテル・住居・オフィス等が入る複合ビル「ブルジュ・ハリファ」は2009年10月…
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ブルジュ・アル・アラブ~ドバイの旅

ペルシャ湾に面し、砂浜から280m程離れた人工島に建つ「アラブの塔」と言われる「ブルジュ・アル・アラブ」は最高級ホテルである。 人工島の埋め立て工事からホテル建設まで5年を経て、1999年12月にオープンしたホテルは五つ星を超える七つ星と高い評価を受けている。外観イメージから強烈な印象を受ける建物であり、高さ約321m、客室数20…
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ル・コルビュジエ 絵画から建築へ~国立西洋美術館開館60周年記念

2016年の「カラヴァッジョ展」以来三年ぶりの国立西洋美術館である。 1959年(昭和34年)に完成し開館した今年還暦を迎えた本館の「国立西洋美術館」は1979年(昭和54年)に増築された新館、1998年(平成10年)には前庭地下部分に企画・特別展専用の展示室と西側に研究・管理部門の棟が増築されて現在の姿になっている。 …
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ノートルダム大聖堂(寺院)火災 

世界文化遺産にも登録されているパリのノートルダム大聖堂で4月15日午後6時50分(日本時間16日午前1時50分)頃に発生した大規模な火災は消火活動により16日午前3時(日本時間午前10時)頃までに鎮火した。 ノートルダム大聖堂はパリ発祥の地「シテ島」で1163年に着工、1250年に双塔の完成で全貌を見せるが、フライング・バットレス…
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橋の種類とアーチ橋

橋の起源は人類が倒木した丸太や流木した木々が川などに自然に架り、塞き止めた状態を見て利用し渡った事が始まりではないだろうか? 人類に道具が生まれ、樹木を伐採し川や谷などに人類の力と目的で架けた丸太橋が桁橋の起源となり、丸太一本では架からない場所に石や木々を置いたりして繋ぎ合わせて渡る、現在の橋脚的な考えも自然の環境の中で発見し発展…
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銀閣寺(慈照寺)~京都の旅

銀閣寺は室町幕府八代将軍・足利義政が京都東山山麓に文明14年(1482年)から東山殿造営に着手し、延徳元年(1489年)に完成した観音堂の銀閣が由来であり、「東山慈照寺」が正しい寺号である。 隠棲生活を過ごす計画も、延徳2年(1490年)の足利義政の死去により未完に終わる。義政の没後に禅刹として臨済宗相国寺派の大本山「相国寺」の塔…
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金沢・ひがし茶屋街~金沢の旅

江戸時代後期に浅野川、犀川の両界隈には多くの茶屋が建ち並び栄えていた。川沿いに開かれた茶屋街は整備され、文政3年(1820年)に加賀藩の許可を得て公認の花街として浅野川東側の「ひがし茶屋街」、犀川西側の「にし茶屋街」が始まりとされている。             ―二番丁東方向― 加賀藩の公認として始まった花街には文化人や大…
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富士山と富士浅間神社

青空をバックに須走口登山道から見える「世界遺産 富士山」である。 富士山の登山道としては「吉田ルート」「富士宮ルート」「須走ルート」「御殿場ルート」の四つのルートがある。須走口登山道から富士山山頂までの距離13kmと二番目に短いルートであるが標高差1800mから富士登山の10%程の登山者が利用している。体力に自信があり、富士登山の…
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浅野川大橋~金沢の旅

穏やかな流れの浅野川に架かる国登録有形文化財・建造物となる浅野川大橋は別名「女川」と言われる川面に映し出されて綺麗な姿を見せていた。 橋の歴史は古く、1594年(文禄3年)に初代加賀藩主・前田利家が北国街道(現国道359号線)に架けた木造橋が最初だと言われているが、大正初期までは幾度も木造橋の修復や架替え工事が行われている。現在の…
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金沢の三文豪・徳田秋声~金沢の旅

金沢の三文豪とは明治維新以降に金沢に生まれ育ち、大正から昭和を駆け抜け、三者三様の作品を遺した徳田秋聲(1871~1943)、泉鏡花(1873~1939)、室生犀星(1889~1962)の三人である。 金沢市内を平行して流れる二本の川があり、穏やかな流れから女川と呼ばれる「浅野川」と豪快なその流れから「男川」と呼ばれる「犀川」であ…
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京都・大山崎町~京都の旅

京都府で一番小さな町・乙訓郡大山崎町は天王山と名水で知られる町である。京都駅から15分程で着くJR西日本の山崎駅から大山崎町商工会が企画する「大山崎ハイグレード名建築ツアー」なる歴史的名所と建築を巡る一日の旅が始まった。 桂川、宇治川、木津川の三川が合流して淀川となる分岐点に位置する事から、古くから交通の要衝として知る人ぞ知る…
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ローマ・ポポロ広場~イタリアの旅

人々が集うポポロ広場は巡礼者のローマへの入口に当たる「ポポロ門」があり、アドリア海沿岸の町「リミニ」と「ローマ」を結ぶローマ街道の一つ「フラミニア街道」の起点として古くから知られた交通の要衝である。人々が集る広場には客待ちのタクシーが列を成している。 現在の「ポポロ門」は古代ローマ時代のアウレリアヌス城壁を通過するフラミニア門…
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聖パウロ大聖堂(イムディーナ)~マルタ共和国の旅

2000年にも及ぶキリスト教の歴史が続くマルタ共和国の人々にとって「2月10日」の「聖パルロ難破記念日」は特別な日である。聖パウロが難破しマルタに漂着した時から聖パウロ大聖堂の歴史への扉が解かれていた。 ユダヤ教のパリサイ人としてキリスト教徒迫害の急先鋒だった使徒パウロは、ダマスカス(シリアの首都)に向かう途中にイエスの声を聞き落…
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イムディーナ(Mdina)~マルタ共和国の旅

マルタ島中央の200m程の小高い丘に位置し、16世紀にはマルタ共和国の首都として栄華を誇った約8万㎡(東京ドーム2個分程)「城壁の町」イムディーナは、今では人口300人に満たない人々が住む「静寂の町」と言われている。 元々は一つの街だったラバトとアラビア語で「城壁の町」と言われるイムディーナは、870年に侵攻したアラブ人が堀と城壁…
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龍安寺~京都の旅

臨済宗妙心寺派十刹のひとつに属し大雲山と称する衣笠山の南麓にある「龍安寺」は、1975年に来日したイギリスのエリザベス女王が訪れ方丈前の「石庭」を絶賛した事が発せられ世界に知られる様になった。 983年(永観元年)に創建された円融天皇の勅願寺だった円融寺に、当時の左大臣・藤原実能が一寺を建て徳大寺として以来、徳大寺家に継がれていた…
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年末年始~引き継ぎ

新年、明けましておめでとうございます! 平成最後となる正月恒例の箱根駅伝が2、3日二日間で行われた。2日往路2位で終えた東海大学が3日復路1分14秒差でスタートし、先行する東洋大学を三大駅伝デビューの小松選手(3年生)が8区で圧巻の走りで抜き去りトップになると、9区・10区へ「襷」が引き継がれ悲願の総合優勝(平成最後の優勝校)を飾…
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ローマのホテル~イタリアの旅

旅には行き先を決め、旅先での様々な目的を考えて宿泊するホテルを選択する楽しみがある。そして、予約したホテルや宿泊する部屋のインテリアや備え付けられている家具やアメニティ等も楽しみの一つである。宿泊するホテル1階には高級ブティックや歴史ある「Antico Caffe Greco」が軒を連ねている。 宿泊するホテルは世界の高級ブラ…
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金沢と北陸新幹線~金沢の旅

東京から日帰りも可能な身近な都市となった歴史的風情が今も残る人口46万人を超える金沢市は石川県の県庁所在地であり、北陸新幹線・北陸本線・IRいしかわ鉄道線が乗り入れている金沢駅もある石川県の中心都市である。 藩祖・前田利家が入城し基礎を築いた金沢は、江戸時代には江戸幕府大名中最大の百万石の石高を領した加賀藩(加賀百万石)の城下…
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角地に建つ店舗~軒先と庇

北側幹線道路には路線バスも走る北東道路に面した角地に建つ2階建て店舗である。 土地購入からスタートする計画は計画資金総額に占める土地購入額への割合が高くなり、どうしても建築工事費が厳しい条件に晒される事が多々ある。計画地も二方向が道路に面する今回の店舗としては好条件であるから自ずと限られた予算内でクライアントの要望に応えられるかが…
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風車小屋の町ザーンセ・スカンス~オランダの旅

この絵葉書のような場所はアムステルダムから15Km、車で30分程で訪れる事が出来る風車小屋の町である。 17世紀頃、ザーンセ・スカンスの周辺には600基以上の風車が建てられ、木引き・粉引き・プレス機・ポンプ機等に利用する工業用風車と低地帯の多いオランダにとり国土の洪水を防ぐために必要不可欠な排水用風車が利用されていた。世界初の工業…
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聴竹居・今の時代~藤井厚二の建築

今から30年前、奇しくも環境共生住宅の先駆けとされる「聴竹居」を設計した建築家・藤井厚二生誕100年にあたる1988年にアメリカ上院議会で地球温暖化問題に関する重要な証言がされていた。 アメリカ合衆国国内で奴隷制度を巡り南北戦争(1861年~1865年)が勃発していた1860年代には、イギリスの物理学者ジョン・ティンダル(Jo…
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トレヴィの泉・再訪!~イタリアの旅

ローマ屈指の観光名所の一つである「トレヴィの泉」はローマにある最も巨大なバロック時代の泉である。イタリアへは四度目の旅だが、再訪する事を願い一枚のコインを「トレヴィの泉」に投げ入れてからは実に十数年ぶりである?フェンディ財団による修復工事の全面支援(約218万ユーロ)を受け、2014年6月5日から着工した修復工事も完了し2015年11月…
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ローマ・コンドッティ通り~イタリアの旅

人も疎らな早朝では、世界の高級ブランドが軒先を並べるローマのコンドッティ通りからは「スペイン広場」「スペイン階段」「トリニタ・ディ・モンティ広場」「トリニタ・ディ・モンティ教会」を見通す事が出来る。スペイン広場周辺と共に正午頃からブティック閉店まで通りは人だかりで終日賑わう場所であり、スペイン広場&階段、更に通りに交差する路地にはレスト…
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聴竹居・その時代~藤井厚二の建築

 利休茶室で知られる妙喜庵・待庵があるJR・山崎駅から徒歩7分程で辿り着く今年・2018年に90歳を迎える「聴竹居」は、京都・大山崎の天王山中腹の木立に囲まれた閑静な敷地に今や時代の注目を集める環境の中でもひっそりと佇んでいた。  設計者である建築家・藤井自身が「家を建てる事=旅行」とたとえた「建築の旅」は1913年東京帝国大学を…
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大磯町東町の家

大磯の閑静な住宅地の東南角地に建つ「白い箱の家」である。 中庭を中心とする外部に閉ざした住まいである。中庭を閉ざしている東側正面のレッドシダーの壁には、一部の壁を開閉戸とする事で、大きな物等の搬入を可能にしている。タイル張り部分がポーチとなり、右手にある木製玄関ドアを開くと内部へと導かれる。 東南の角地に位置する今回…
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正月飾り

正月飾りを1階共用エレベーターホールに設置して見た。 師走のクリスマス時期に合わた飾りから、年始に合わせて鉄筋コンクリートの壁に飾り付けした。当初は正月飾りだけで殺風景だったが、下敷きとして選択したメッシュ生地を斜めに掛け飾り付けをすると多少なりとも、しまった雰囲気を出す事が出来た。 毎年参拝する神社の待合室が増築されて…
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桂離宮~京都の旅

宮家の別荘として17世紀初頭に創建が始まった「桂離宮」は、荒廃期を経て増築や庭園整備等が行われ寛文2年(1662年)頃に完成の時を迎え、今日まで創建以来当時の姿を見る事が出来る貴重な国有財産である。 後陽成天皇の弟・八条宮初代智仁親王により取得された現在の土地に、元和元年(1615年)頃より山荘の造営が始まる。初代智仁親王没後に一…
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