テーマ:前川國男の建築

旧東京海上ビルディング~前川國男の建築

平坦な外壁を見せる「高層ビル」では珍しく、奥行が取られた開口部周りから彫りの深い独特な存在感のある外観を見せている。 計画当時「丸の内周辺」では建築物の高さが31mと規制されていたが、1963年高さ制限撤廃から容積地区制への移行を受けて、1965年に高さ130m、地上32階の超高層ビルとして計画されていた。しかし、「美観論争」で紆…
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横浜市教育文化センター~前川國男の建築

横浜・JR根岸線関内駅南口の大通り公園側左手に建つ1974年(昭和49年)竣工の建築である。 前川建築の特徴の一つでもある外壁を鉄筋コンクリート造打放しと打込み煉瓦タイルで仕上げられた四つの教育関連が入居する複合ビルである。耐久性に富むタイルに対し、前川は外壁の仕上げ素材として魅力を感じ建築に多用している。 当時、一般的…
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蛇の目ミシンビル(現・東京大栄ビル)~前川國男の建築

鍛冶橋通りを銀座中央通りに向い鍛冶橋交差点先の右手に建つ「平面中央にコア」と「東西両壁面に耐力壁」を設け、南北側両サイドに13mx36mのオフィススペースを基準とする無柱空間を持つオフィスビルである。 狭い敷地ながらピロティにより1・2階の壁面をセットバックし、都市環境の観点から2層分の外部空間を提供している。ピロティには角柱の四…
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東京都美術館~前川國男の建築

上野の森には「東京文化会館」の他にも前川建築が存在する。 これは「東京都美術館」(1975年竣工)の広々としたメインエントランスであるが、どう言う訳か余りここからの来館者は少ないのである。脇の裏口ではないがサブエントランスからの階段を使った方が上野駅方面からの流れが自然なのかも知れない。 この正面右側にサブエントランスが…
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東京文化会館・内部編~前川國男の建築

「東京文化会館」の内部を撮影が許される範囲で紹介しよう。 上野側メインエントランスを入ると鉄筋コンクリートの柱と梁が縦横に構造の架構を見せている。円筒はエレベーター室で、天井に差し込むように納められている。内外の天井は紺色で塗装され、天井照明から放たれる光を際立たせている。 左側の壁は鉄筋コンクリートの壁を主にし、ゴール…
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東京文化会館・外部編~前川國男の建築

上野駅を降り、上野公園側出口を出ると正面に巨大な「東京文化会館」が建っている。 ル・コルビュジェの下で2年間の修行を終えて帰国した前川はレーモンド事務所で実務を経験し、1935年(昭和10年)に独立する。敗戦までの10年間は設計競技や執筆活動などが多く、余り実現した建築は多くないが、建築家・前川國男の代表作に1つに数えられる建築が…
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紅葉ヶ丘の建築群~前川國男の建築

横浜・紅葉ヶ丘には前川國男設計の建築群が時を経て存在しています。 「神奈川県立音楽堂・図書館」(1954年竣工)、「神奈川県青少年センター・ホール」(1962年竣工)と続いた計画の最終章として「婦人会館」「青少年会館」が駐車場を囲むようにして、建ち並んでいる。1965年に「婦人会館」、1966年に「青少年会館」がそれぞれ鉄筋コンク…
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神奈川県青少年センター・ホール~前川國男の建築

紅葉ヶ丘の総合文化センターの一角を占める建築である。 1954年11月竣工の「神奈川県立音楽堂・図書館」と同様、隣接する敷地に1962年完成したこの建築もバブル期に解体の危機にあっているが、反対運動とバブル崩壊により難を免れた作品群である。設計は前川國男で一連の紅葉ヶ丘建築群を担当している。現在の建物は前川建築設計事務所の設計監理…
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神奈川県立図書館・音楽堂~前川國男の建築

1993年の再開発計画を契機として戦後建築の保存問題に提起した事件があった。 ランドマークタワーを背にして紅葉坂をゆっくりと上ると、右手に建築家・前川國男設計の文化施設群の中に、1954年竣工の「神奈川県立図書館・音楽堂」が駐車場を挟んで一望できる。東傾斜の敷地の高低差を利用して、左手に図書館、右手に音楽堂がL型に外壁の表層を変え…
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